作家の歩く文字

能登屋敷の不定期日記です。 「文章とは、血の滲むような一語一語の積み重ねである」 byスティーブン・キング
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天邪鬼であるということ4

何となく終わりが見えてきたpart4
あまりにも私信に使い過ぎるのもあれなので、ひとまずこれで休止しようかと
友人もそろそろ終わりに落ち着くのではないのかな(むしろもう落ち着いた?)
あ、そう言えば……これ、勝負だったの?(苦笑

友人は「時間」を重要視しないらしい
別に悪いことではない
むしろ僕はうらやましい
なにせ、僕は深く考えすぎる性格だから、これがまた思考がループしたりするわけだ
僕が思うに、何を重要視するのかは性格だ
だから、それを詫びる必要もないし、それがおかしいこともない
少なくとも、時間があって友情を育んだのだろうから
それを友人が感じないのは、感性が強いからだと思う

なるほど、さすがは歌手志望(笑

感じないということは、きっと友人にとってそれは感じるに値するほどの重要なことではないのだ
誰も小石を蹴ったことに疑問を感じたりはしないように……
それはとても素晴らしい生き方だろう
それに比べて、僕はよく自分の道に落ちているものを考える
もっと感性で生き、考え込みすぎない性格になりたいものだが
天邪鬼だから仕方がない

ぶっちゃけて最後に言う
これは哲学だ
だから結論は出ないだろう
哲学なんてそんなものだ
だから、それが正しいか正しくないかなんてないんだ
だってそうだろう?
正論なんて言葉を作ったのも、所詮は人間なんだから
2008.05.20

この記事へのコメント

2008年05月20日 Jan #Mt7Xl3co URL編集 ]

結論は出るものではなくて、出すものだと思うよ
「正しい」論なんてものは、あるかどうかもわからないけどねぇ。

自分がどう思うか、どう感じるか。
この手の話に関しては、その辺りで決着しちゃうんじゃないかなと思ったり。


2008年05月20日 能登屋敷 #ekNxynXE URL編集 ]

結局のところ、こういうのは人それぞれってことで収まるんでしょうけどねぇ(苦笑
「正しい」論があるとしたら、それは多分、知らないほうが幸せな気もします


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