作家の歩く文字

能登屋敷の不定期日記です。 「文章とは、血の滲むような一語一語の積み重ねである」 byスティーブン・キング
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天邪鬼であるということ

僕は天邪鬼だ
それはもう、何とはなしに天邪鬼となり、自覚さえもしている天邪鬼である
例えるならば、僕は西尾維新ブームに乗っからなかった
それは西尾維新の作品が嫌いなのではなく、むしろ面白そうだからこそ、僕はブームに背を向ける
西尾維新ブームの最中に、「羅生門」読んだり……ね

そんな天邪鬼の僕だけど、人付き合いはそれなりに心得ているつもりだ
ある日、友人がこんな事を云った
友情なんて、時間じゃないと
友人はどこか人を見下すではないが、他人と自分は違うというような意識があって、その言い方はまさしくそれであった
なるほど、友情が時間でないというのは、ある意味正しいかもしれない
でも天邪鬼である僕はその時思ったわけだ
なら、時間の意味は何なのだろうと
僕は時間とは、「育む」ためにあるものだと思ったりしている
勉強でも、夢に向かう努力でも、もしくはバイトの研修でもそれは同じだ(ぉぃ
だから、友情は時間じゃないというのは、どうも綺麗事に聞こえたのである
もし同じ時間が経った友人同士であるなら、そこに差はあるのだろうが、それでも、「友人」と呼べるまでには、最悪かかる時間というのがあるはず
最近の若い人(ぼくもだが)はよく親友という言葉を口にするが、天邪鬼の僕は口にしたくない
きっと、十数年後、ああ、俺たちはあんなことをしてたよな、と今の友人と変わりなく話せるときがきたとき、僕は「親友」と口にしよう
それが、時間の育む友情というものなのだろうと思うから
2008.05.17

この記事へのコメント

2008年05月17日 Jan #Mt7Xl3co URL編集 ]

>最近の若い人(ぼくもだが)はよく親友という言葉を口にするが、天邪鬼の僕は口にしたくない


こう言っておきながら、それでもどこかで当たり前のように「親友」だと言えるような人を望んでいたりするんですね。


2008年05月18日 能登屋敷 #ekNxynXE URL編集 ]

認めたい自分は奥底にいるけど、認めたくない意地の悪さ……という、何ともしょうもない性分です;;
天邪鬼ってよく寂しがり屋のキャラで描かれたりしますが、まさしくそういうことなんだろうなぁと思います
よくぞ見抜きましたね


2008年05月18日 Jan #Mt7Xl3co URL編集 ]

よくぞ見抜いた……というよりは、
まあ、単に自分がそうだから、そうコメントしてみた次第(苦笑
考えて自分なりの答えを求めるのは悪いことじゃないけど、
考えすぎるっていうのは良くないかもしれないねぇ。
自分が相手を友達だと思ってて、相手も自分を友達だと思ってる。
それが友達。
まあ、こんなシンプルなのもたまにはいいんじゃないかな?
なーんて思うことも結構あるぜ(笑

とまあ、そういうわけで、バイト帰りだから寝る(ぁ
また今度ねぇ、じゃねっ能登君ノシ

PS このコメントは、唐突に馴れ馴れしいにも程があったかもしれない(汗


2008年05月18日 能登屋敷 #ekNxynXE URL編集 ]

いやー、こないだその友人(ちなみに女性)とちょっと喧嘩?みたいになってね
いまは仲直りしたけど、少し悩んでたもんで……
ついつい書いてしまった;;
たまーに難しいことを考えてしまったりするんですよねぇ
脳の活性化(゜□゜)/

実は昨日は自分もバイト帰りの上にサークルのスポーツをしてきたという(涙
今日は休みだから小説のプロット書くぜぇ!

堅苦しいのは苦手
へいへい、ご両人! みたいなテンションのほうが好きw
んでは、Janくん、また寄ってらして〜


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